「勝つことで味わえる充実感」。
それがあるから
サッカーをやり続けるのだと今野は言う。
その一瞬の気持ちを得るために、日々の積み重ねがある。
2003年は、今野章にとって特別な1年となった。レギュラーとして昇格争いをしたことで、かつてない充実感を味わい、それ以上の緊張感や葛藤とも対峙した。「最後の一戦で結果が出たときに自分がどんな気持ちになるだろうか」と、シーズン途中に話していたのだが…。
当時の気持ちを振り返ってもらった。
「なんか、すっきりしない気持ちというか、ここまでやってきたのに上がれなかったという現実を突きつけられて『あぁ』って。最初はなかなか悔しさが抜けなかったけど、日にちが経つにつれて、試合に出られて自分にとってはいい1年だったって思えるようになったかな」
そして、昨年フロンターレはJ1昇格。今野にとっても今年は5年ぶりとなるJ1となったが、開幕数日前にケガをしてしまい、リハビリスタートとなった。
「プロ9年目で、開幕戦に出たのはたった2回。だから、開幕への思いっていうのは強いんです。キャンプに入ってチームメイトがまずは仲良くなって、そこから競争して絞られていって開幕に出るっていう流れに入っていけるのが理想だし。自分にとっては、すごく気持ちの持ち方が難しい時期でもあるんだけど、今年は本当に久しぶりにケガをしてしまったので、逆に開き直ってリハビリに取り組んでましたね」
フロンターレは昨年以来、主に我那覇、ジュニーニョ、マルクスの陣容で攻撃は組み立てられてきたが、我那覇、マルクスがアクシデントで立て続けに離脱。リハビリを消化した今野がスタメン入りしたのは5月21日ヤマザキナビスコカップ第3節対広島戦から。リーグ戦で3連敗を喫していたフロンターレは、広島戦で4対1と快勝し建て直しのキッカケとなった。
「やっぱり楽しかった。勝つとすごく充実感があるから。帰りのバスとか車のなかとかで『あぁ、勝ってよかったなぁ』ってしみじみ思う。勝つとロッカールームとかでチームの雰囲気もすごくいいしね。勝利の充実感を味わいたくてやってるっていうのはあるし、オレのなかでは勝つとテンションがあがってる。わかりずらいかもしれないけど(笑)。でも、広島戦は試合よりもその週の練習でフォーメーションや紅白戦でトップチームに入ってやったときのほうが緊張した。このチャンスを逃しちゃいけないっていうのもあったし、やっぱり新しく入るときは相当頑張らないとね。自分では1試合出たぐらいじゃフィットしているのかわからないし、みんなはすでに十何試合もやってるわけだから、同じレベルで自分がやれているのかっていう不安は常にある。でも、運がいいんですよ。自分が久しぶりに出る試合で、誰かが点とって勝つことって多いしね。チャンスがほしくてももらえない選手だっているんだから」
今野は、チャンスを掴んだことや自分が出た試合で勝ったときには「運がいい」と表現する。だが、今野が入ったことでスムーズになった部分は大きく、周りの選手たちからは「やりやすかった」という声がたくさん聞かれたのは事実だ。
ジュニーニョも「キンちゃんが入ってやりやすかった」とコメントしていたひとりだ。そう告げると、今野は声を弾ませて話しだした。
「ジュニーニョは、オレにとって『ベストプレーヤー』なんだよね。純粋に観ていてもスゴイ選手だなって思うし、スピード、トラップ、反転、抜き方とか絶対に自分にできないものをもってる。実際、自分が絡むときでも強めに出してもとめてくれるし、オレは、ジュニーニョの位置をみてスペースを空けたりするんだけど、そこをジュニーニョが使ってくれたらチームにとっても一番いい形になる。あいつがいるからこそ自分が試合に出られて活かされてると正直に思っているんだよね。ほんとはもっとジュニーニョを活かしてあげられるといいんだけど…。ジュニーニョのことは、ほんとに尊敬してる」
周りを活かすことで、自分も活かしてもらう。そういう喜びは、プロになってからはここ数年で味わえるようになったものだという。
「簡単にジュニーニョに預けると、ジュニーニョが2、3人に囲まれるでしょう、だから自分にボールがかえってくるときはプレッシャーがあんまりない状況でプレーができるっていうのもあるし、逆に自分が囲まれているときには、厳しいところでも、もらいにきてくれる。オレは、『周りを活かすタイプの選手だ』って言ってもらうこともあるけど、ほんとは周りに活かされてるんだよね。ジュニーニョ、ケンゴっていう攻撃の“核”になるところとうまく絡んで、それで、最後においしいところで点が取れれば最高だけど(笑)、そうはなかなかいかないんだけどね」
7月2日、リーグ戦再開となる試合は今野にとって古巣のジュビロ磐田との対戦になる。
「それ出たいよね。まじで、出たい」
2000年、フロンターレに移籍してきた当初の今野は、とにかく危機感を募らせ、試合に出て結果を出さなければ選手生命が絶たれてしまうという焦りのなかでプレーしていた。その頃とはまた違った気持ちで、かつてのチームメイトと同じ舞台で対戦することを心待ちにしている。
「『見返したい』なんて気持ちは全然ないけどね。でも、『おお、頑張ってるな』っていうところを見せたいって感じかな。ジュビロの選手もあんまり変わってないしね。昔よりも自分も落ち着いてプレーできるようになったし、うちのチームも戦術がしっかりして自分たちがやるべきサッカーがあるから。昔は、『勝てないなぁ』って感じることもあったけど、いまは『勝たなきゃ』って感じられるからね。とにかく試合に出て勝つことがいちばん。試合に出ない経験っていうのはいっぱいしたからね。だから、できるだけ試合に出たい。リーグ戦に1試合でも出たい。それで、勝ちたい」
そして、今野はちょっと力強い口調でこう言った。
「オレね、こう見えても負けず嫌いだからね。若い頃は、そういうところをいまより出してた。大学で岩手から東京に出てきたときも周りが見えてないから、うまいやつを見ても『オレもそれぐらいやれる。絶対、負けない』って思ってたんだよね。でも、自分が一番じゃないってことにも気づいて挫折もして、人を認められるようになった。だからそういう尖ったところを出さなくなったのかもしれないし、実際変わったんだと思う。それはあくまで自分の内面での変化だけど。でも、負けたくないって気持ちはいまも心のなかにもってるんだよね」
追記
7月2日、ジュビロ磐田のホームグラウンド、ヤマハスタジアムのピッチに今野は立った。「いつもの10倍気合いが入ったかも」という今野は、いつも以上に闘志を露にし、いつものように攻守に渡って貢献した。
「2点目が入ったときは、超うれしかったよ」
試合後、チームバスに乗り込む前にミックスゾーンで記者に囲まれ話している間、後ろに組んだ今野の右手にある携帯電話は鳴り止まなかった。